★科学者になるまでは・・・
ファラデーは、1791年、ロンドンの近くで生まれました。
彼の父は鍛冶屋(鉄を熱して器などを作る職業)で、家には10人の子供がいました。
一家は貧しく、ファラデーは小学校にも行かせてもらえませんでした。
ファラデーは幼い頃から、家計を助けました。
13歳のときには製本屋の見習工に出されました。
そこで彼はたくさんの本に接することができ、科学書に対して興味を持ちました。 そして幸い、製本屋の主人がファラデーに空き時間に本を読むことをみとめ、当時の名高い化学者デイビーの講義を聴きに行くように勧めてくれました。
ファラデーは熱心にこの講義を聴き、一言ももらさずにノートをとりました。
彼はうちに戻ってそれをきれいに書き直し、デイビーに送りました。
「先生の研究室の助手になりたい」という手紙を添えて。
デイビーはそのノートを見て喜び、熱意に打たれてファラデーを助手として採用しました。
こうして彼の研究人生が始まりました。

★主な研究・業績

「電磁誘導(でんじゆうどう)の発見」
ファラデーはデイビーが亡くなった後、そのあとを継ぎ、1833年、化学の教授を任されました。
次第にファラデーは、電気と磁気とのつながりに関心を寄せるようになっていました。
磁気というのは、磁石と磁石、あるいは磁石と電流のあいだに働く力のことです。
既に10年ほど前には、オランダの科学者のハンス・クリスチャン・エルステッドが「電気の流れる針金は、磁石の性質を示す」ことを見つけていました。ファラデーは「電気が磁場(磁力の働いている空間)を生み出すなら、磁場が電気を生み出してもおかしくないはず」と考え、コイルに棒磁石を出入りさせることで電流が生じることを確認。
「磁気から電気を生み出す方法」を発見しました。
これを電磁誘導(でんじゆうどう)といいます。
つまり彼は、機械的な運動によって電気を生み出す「発電機」の原理を発明したということで、この功績は後の産業にも役立っています。



★エピソード

ファラデーを科学の道に引き入れたデイビーは、数多くの化学物質を発見した偉大な化学者ですが、デイビーは「私の最も大きな発見はファラデーを見つけ出したことだ」と言ったといいます。

ファラデーが実験助手に採用されてから、女王から提供された家に移るまでの46年間、彼は王立研究所の屋根裏部屋に住んでいました。
現在この王立研究所の地下はファラデー博物館になっています。
また、ファラデーは非常に謙虚な性格で知られています。
のちに王立協会会長という名誉あるポストに就いてほしいと誘われたときも断り、女王から授けられるナイトの称号も断りました。