★科学者になるまでは・・・
アルキメデスは、シチリア島のシラクサというところに紀元前287年に生まれました。
そのころのシチリア島はギリシャの領土でした。
彼は天文学者の息子でシラクサの王ヒエロン二世の親類でもありました。
アルキメデスは、文化の中心地であったエジプトのアレクサンドリアで勉強したあと、生まれ故郷であるシラクサに戻って死ぬまでそこに住みました。

★主な研究・業績

「科学を日常に応用」
アルキメデスより先輩のピタゴラス、ユークリッドなどのギリシャの数学者たちはみんな 「数学は抽象的(頭の中だけで考えていて、具体性に欠けること)でなくてはならない」と考えていました。
今では考えられないことですが、彼らは数学を実際の生活に役立てることを見下していたのです。 しかしアルキメデスは自分の数学の知識を、進んで実際の問題に応用しました。

「王冠の問題(浮力の原理)」
ヒエロン王は、一見解けそうにない問題をアルキメデスに与えました。
それが有名な「王冠の問題」です。
ある金細工師が、王のために黄金の王冠を作りました。
王はこの細工師が正直であるかを疑ったのです。
金細工師は、王が与えた黄金の一部をくすねて、黄金の代わりに銀か銅を使ったのでは、と。
そこで王は、その王冠が純粋な金でできているかどうかを王冠を傷つけずに調べるよう、アルキメデスに言いつけました。
アルキメデスは困ってしまいました。
「銅や銀は金より軽い。
もし銅や銀を王冠にまぜると同じ重さの金よりも重くなるはず。 だからもし王冠の体積(大きさ)がわかれば王様の問いに答えられる。
しかし王冠をつぶす以外に体積を知る方法などあるのか。」
彼はこのことを考えながら、公衆浴場へ出かけました。
彼は湯の満ちたお風呂に自分の体を沈め、お湯があふれてこぼれるのを眺めていました。
そして、あることにひらめき立ち上がったのです。
アルキメデスは、彼のからだが湯船の中のお湯を押し出したことに突然気づいたのです。
「あふれでたお湯の体積は、湯舟につかっていた体の体積と同じに違いない。体積を知りたければ、物を水の中につけ、そのとき押しのけらる水の体積をはかればいい。」
彼は1つの容器に水を満たして、その中に王冠を沈め、こぼれた水の体積を測りました。
それから、同じ重さの純金についても同じ測定をしました。
すると純金がこぼした水の方が少ないことがわかりました。
王冠の金の中には軽い金属がまぜてあり、そのためかさがふえ、より多くの水があふれでたというわけです。
王はその金細工師を死刑にするよう命令したということです。